人形の館
第3話 新しい毎日のはじまり

翌日。使用人としての日々が始まった。
その日は初日という事で、玲子から家の中に関する説明を受けていた。
「掃除機はこの中にあります。使ったらここに戻して下さい」
玲子は一つ一つ丁寧に二人に仕事の指示をしていた。
「じゃあ。ワタシは仕事があるので出かけますね。夕方には帰りますので、食事の準備をお願いします」
玲子は近くオープンするギャラリーの準備に追われていた。
「いってらっしゃい」
玲子は家を出て行った。
二人に与えられた仕事は家事全般、それに夕食後どちらかがルビーになって玲子の相手をする事だった。
「ところでジローさん。仕事なんですけど、分担します?それとも二人で一緒にします?」
イチローがジローに聞いた。
「うーん。その辺は臨機応変にやったらいいんじゃない?」
「そうですね。じゃあ、そうしましょう」
あっさりと決まった。
「それよりも、例のお人形はどうする?」
ジローが聞いた。
「あぁ…。今日はオレがやりましょう。なんで、ジローさん夕食はお願いします」
「了解。じゃあさ、夕食を作った方が次の日の朝食も作るって事でどう?それを一日交代で」
「え?だから、今日はオレがお人形だから、明日の夕食と明後日の朝食はオレって事?」
「そう。そういう事。とりあえず、今から洗濯と掃除を済ませちゃいますか?」
「了解です」
二人は二手に分かれ掃除と洗濯を始めた。
「もうすぐ昼か…」
掃除と洗濯を終えた二人は壁の時計見た。
「ジローさん。昼どうします?」
「うーん…。見た感じ何も無いしなぁ…。とりあえず、買い物に行くか」
「そうですね」
二人は買い物に出る事にした。
「これで行く?」
ジローが車庫に置いてある玲子の軽自動車を指差して言った。
「いや…。さすがに…」
「だよな…。歩いて行こうか?」
「そうしましょう」
二人は昨日玲子の軽自動車で通った道を歩いていた。
瀬戸内海をバックにネモト造船の社宅が建ち並び、ポツリポツリと人が歩きその横を車が通り過ぎていた。
「何だかのんびりしてますね」
「まぁ、平日の昼間だしねぇ」
しばらく行くとネモト造船のクレーンが見えて来た。
「もうちょっとで波止場ですね」
「あぁ。あの辺なら店もあるだろ」
二人がネモト造船の正門まで来ると、正午を知らせるサイレンが鳴った。
「昼ですね」
「あぁ。昼だね」
ネモト造船では作業服を着た人々が食堂の方へ向ってぞろぞろと歩いていた。
「ところでさ。ここの食堂に入ってもバレないかな?」
「さすがにダメでしょ」
そして二人は波止場に着いた。
「ジローさん。あそこにスーパーがありますよ」
「こんな島でもちゃんとスーパーがあるんだねぇ…」
二人の見た先には「ネモト造船ストア」というここもやはりネモト造船がやっているスーパーがあった。
「行きましょうか」
店内に入った二人は、イチローがかごを持ちジローが少し前を歩いていた。
「ジローさん今日は何にするんですか?」
「カレー」
「カレーですか?」
「うん。オレのカレーは美味いぞ」
ジローはそう言っていたが、かごに入れる材料は普通のカレーと大して変わらなかった。
「ジローさん。普通のカレーに入れる具じゃないですか?」
「そうだけど。どうかした?」
ジローはカレールウではなくカレー粉をかご入れ、あとは特価品の食材とビールを数本で買い物を終えた。
「そういえば、ギャラリーっていうのはあの倉庫ですかね?」
スーパーを出た二人は波止場の向こうにある赤レンガの倉庫を見た。
「ちょと見に行ってみよう」
壁に大きくカタカナで「ネモト」と書かれた赤レンガ倉庫の前に着くと「Nemoto Doll Gallery」という看板を掛けられていた。
「ここみたいですね」
「あぁ…」
二人が倉庫を見ていると、中から玲子が出て来た。
「あら。お二人ともどうしたんですか?」
「ちょっと夕食の買い物に出たついでに寄ってみたんです」
「そうですか。ところで、今日の夕食は何ですか?」
「カレーです。オレのカレーは美味いですよ」
ジローは再び自慢げに言った。
「そうですか。楽しみにしてますね。では、ワタシは仕事があるので…」
そう言って玲子は戻って行った。
「さて。帰ってカレーだ」
二人は家に戻った。
「ところで、ジローさん。お昼…」
「あぁ、テキトーにパン買っといたから好きなの食べて。あ。でもジャムパンはオレのだから…」
イチローはクリームパン、ジローはジャムパンを手早く食べると昼食は終わった。
「イチローさん。ちょっと野菜よろしく」
「はい」
イチローは野菜の皮を剥き食べやすい大きさ切った。
「さすが元シェフ。早いねぇ…」
ジローはイチローの手際良さに感心していた。
「じゃあ。後はやっとくから、庭の掃除でもしといてよ」
イチローはジローにカレーを任せ、一人庭の掃除を始めた。
「終わりましたよ」
イチローが庭の掃除を済ませ台所に戻ると、ジローはまだ鍋の前に居た。
「ジローさん…」
「ん?え?何?」
ジローは少し驚いた様子で振り返った。
「掃除終わりました…」
「あぁ…。そう…。じゃあ…。米研いでよ。四合もあればいいかな…」
「わかりました」
イチローは手早く米を研ぎ、炊飯器にセットした。しかし、その間もジローは鍋の前から動かなかった。
「ジローさん…」
イチローが呼びかけたが返事が無かった。
「仕方ない…」
イチローは家のあちこちを掃除して戻ったがやはりジローは鍋の前から動かなかった。
そして夕方。ご飯も炊けてジロー特製のカレーが出来上がり玲子も帰って来た。
「どうぞ」
ジローは玲子の前にカレーを出した。
「いただきます」
玲子はカレーを一口食べた。
「え?何ですかこれ?今までこんな美味しいカレー食べた事無いですよ」
玲子は驚いた様子だった。
「でしょ。これが自慢のカレーです」
ジローは自慢げだった。
「では。我々は…」
二人は、カレーを持って自分達の部屋へ行こうとした。
「どちらへ?」
「いや。一応我々は使用人の身分ですから、自分達の部屋で…」
「気にしないで下さい。同じ屋根の下に住んでるんですから。それに一人より大勢で食べる方がいいじゃないですか」
玲子は二人を引き止め、自分の向いに座るよう言った。
「わかりました。では…」
二人はテーブルにカレーを置き玲子の向いに座った。
「ところでジローさん。このカレーは何か特別な事をしてるんですか?」
「秘密です」
ジローが言った。
見た目は普通だが何かが違う。そんな不思議なカレーだった。
食事を終えジローが後片付けをしている頃、イチローは一人部屋に戻った。
「さて…」
イチローは「イチロー」と書かれた箱を取り出し、ルビーになる準備を始めた。
ジローと違い赤いカードを持つ会員のイチローは慣れた様子でルビーになった。
そして最後にお人形のルビーと同じ赤いドレスを着て、玲子の前に現れた。
「ルビーちゃん…」
玲子はルビーを見て思わず声を上げた。
そして片付けを終えたジローはルビーと入れ替わる様に奥へと引っ込んだ。
「さ。ルビーちゃん。横に座って」
いつも冷静な玲子とは相反する様な態度でルビーに言った。
「ねぇ、ルビーちゃん。聞いてよ。今日ね、ワタシね…」
玲子はまるで子供が母親に今日あった事を話すかの様に矢継ぎ早に今日一日の出来事を話し始めた。
一通り喋り終えると玲子は大きくため息をついた。
「ルビーちゃん。今日もありがとうね。もう寝るね」
そう言って玲子は立ち上がり自分の部屋に戻った。
玲子が部屋に戻ったのを確認してルビーは部屋に戻った。
「おつかれさん」
ビール片手にテレビを見ていたジローが言った。
ルビーはドレスを脱ぎ、ジローに背を向けファスナーを指差した。
「あぁ。これね。下げるのね」
ジローはルビーの背中のファスナーを下げた。
「あーっ」
ルビーのスーツを脱いだイチローは大きく息を吐いた。
「おつかれ。飲む?」
ジローはイチローに缶ビールを差し出した。
「先に脱ぐ」
イチローは全部脱ぎ、自分の服を着てからジローから缶ビールを受け取った。
「おつかれ」
「おう」
イチローは缶ビールを高く挙げ一気に飲み干した。
「いいねぇ。もう一本イク?」
「いや…」
酒の弱いイチローは断った。
「じゃあ。寝るか」
二人は寝床に着いた。
翌朝。イチローが目覚めるとジローは既に朝食の準備をしていた。
「おはよう。早いね」
「あぁ。今まで夜型だったのが急に朝型になったと思ったら、急に板前時代の生活リズムになちゃって…」
「板前って朝早そうだもんなぁ…」
朝食が出来上がった頃、玲子が起きて来て朝食を済ませ今日もギャラリーの準備へ。そして二人は家の事全般をする。
「今日どうしよっかなぁ…。昨日のカレーにしょっかなぁ…」
イチローは夕食のメニューを考えていた。
「イチローさん。ズルはダメですよ。ちゃんと作りましょうね」
ジローが後からイチローの両肩をポンと叩いた。
「え?はい…。わかりました…」
イチローは再び今日のメニューを考え始めた。
「そうだ。今日も買い物に行きましょうよ」
「いいけど…」
二人はまた昨日と同じ道を歩いた。
「そうだ。ジローさん。今日はルビー、しっかりやって下さいね」
そう言って、イチローは先程ジローにやられたように後から両肩をポンと叩き返した。


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